<   2009年 01月 ( 19 )   > この月の画像一覧

ゆっくりしているのが一番です

前に長く入院していた時
それも
ほとんど寝たきりでいた時
偶然、小さなミニ冊子で
こんな一節と出会いました。



災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。
死ぬ時節には死ぬがよく候。
是はこれ災難をのがるる妙法にて候。



良寛さんの言葉だそうです。
それと同じころ、こんな言葉とも出会いました。



禍福あざなえる縄のごとし



二つの言葉は
すうっと心にしみとおってきて
妙にすとんと心におさまって
入院中
何度もくりかえし思い起こす言葉になりました。




お友達から葉書をいただきました。
病がどうなるか不安な気持ち、
治ることを信じたい気持ちが書かれていて
私は想像することしかできないけれど
病で苦しいことのひとつは、先が見えない不安だと思うから
お友達は苦しいだろうなぁ・・と思いました。

私もすごく苦しかったなぁ
それが、いつからか、苦しくなくなったなぁ。どうしてだったかなぁ。
あの頃、そういえば、良寛さんの言葉に出逢ったなぁ。
禍福・・の言葉とも出逢ったなぁ。
それから、もしも自分を大事にしなかったら
悲しむ人の顔が浮かんで
そして、養護学校で一緒に過ごした子ども達の顔もいっぱい浮かんで
自分を大事にしないことは決してできないと肝に銘じたなぁ。


あの頃の気持ちを言い表すとすると
これでよし・・そんな気持ちだったなぁ。
どうやら治らないらしい・・
治らないなら治らないで
治らないなりに
愉しく歩いてゆこうか
一日一日を慈しんで歩いてゆこうか
治っても治らなくても
しゃぁない、まるごとオッケーじゃ。


ただ、それは私の病気に私の心が想ったこと。
ひとりひとり違うものね。
お友達はどうだろう。
心が元気になれたらいいなぁ。



と、お友達を想い、
かつての自分を心の引き出しから取り出して、
良寛さんの言葉と
もうひとつの言葉とを思い出しました。




そして
この大好きな詩も一緒に
心に浮かんできました。




さびしいときは 心のかぜです
せきして はなかんで やさしくして
ねてたら 一日でなおる

   原田大助さんの詩




私はこの詩がとても好きです。
そしてこの詩も思い出しました。




きれいな花見て
月も見て
ゆっくりしているのが 一番です


    原田大助さんの詩


この詩も大好きです。



いっぱい苦しんで苦しんだら
あとは
心をいっぱいあっためて
体もいっぱいあっためて
ゆ~ったりしてね。
苦しんで苦しんだら
そのぶんだけ
針の穴ほどのちっちゃな光さえも
とってもとっても嬉しくて
そこにむかって
またゆっくりゆっくり歩き出せるよ。





お友達に言葉をかけられるとしたら
想像しかできない私だけど
こんな言葉を思いました。
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-14 14:04

まだ途中

e0023849_18242441.jpg

昨日の模様替えの続きをしました。
が、まだ途中。
のんびり眺めて、ぼんやりしながら
寒くなったら部屋に戻り、編み物などしながらだから
ゆっくりのはず!

椅子を部屋の隅に置いてみました。
隅っこって落ち着くでしょう?
一時間とか二時間とか
本を読んで帰って下さるお客様たちもいらして
部屋が広ければ、もっとゆったりくつろいでいただけるスペースを作りたいところですが
手のひらサイズのこの部屋がにじのゆめらしいかな(*^^*)

模様替えはまだまだ明日へと続きます♪
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-12 18:24 | 日々

焼き芋

e0023849_18163540.jpg

軒下にはつららができて
なんと寒い一日でした。
寒い日に、あつあつほくほく♪はなによりのごちそう。
ストーブの上に並びまするは…焼き芋♪
まだ~?
もういい~?
食いしん坊さんは待ち遠しくて、
ストーブのそばを離れられません(^-^)
おいしいにおいがしてきて
焼けたことを知らせてくれます。
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-12 18:16 | 日々

想い

e0023849_23212752.jpg

にじのゆめ二度目の年明け。


にじのゆめの日を重ね、
いろんなことを味わい、感じ、過ごす中で、
だんだん、私の心の真ん中にあるものが
くっきりと見えてきているような気がしています。
そして、支えて下さる皆さんの存在が、いかに大きいか、
より感じられる気がしています。


私は
「みんなで笑顔に。みんなで幸せに。」それが常に一番にあります。
だから、そのことを想い描きながら、
幸せの種をまかせてもらったり、
ハートとハートのにじのかけはしにならせてもらいたいのです。
その想いの常に心にあるのは、
“日々を一所懸命生きてる人達”です。
病気と共に生きてる人。
体の不自由なところと共に生きてる人。
子ども達と子ども達を育てることに奮闘されてる親御さん。
いつも想いの中にいます。


だから、にじのゆめは、「三輪」です。


にじのゆめは「雑貨屋さん」に見えると思います。
それでいいのです。
にじのゆめに温かな雑貨や本やクッキーや紅茶を卸して下さるお店…
にじのゆめのことを助けてくれる仲間たち…
にじのゆめの雑貨を置かせて下さるお店…
皆さんのおかげで、にじのゆめは支えてもらい、もりたててもらい
いらして下さるお客様が、なんとも優しいまなざしでほほ笑んで下さる。
ほんとにありがたいです。
そんなふうに、
雑貨をとおして、お客様、作家さん、それぞれのお店がつながって、
笑顔や幸せがふわっと生まれる「にじのかけはし」にもならせてもらえる。


そして同時に、
一番したい、一番根っこにある、
一所懸命生きてる人を想いながら、私にできることを、ひとつずつひとつずつしてゆける。


そして、もうひとつの車輪は「家族」。
ひとつ屋根の下に暮らす家族はもちろんのこと、
去年は嬉しいことに、あまりに忙しく
(ただただ、私が手しごとが遅いだけなのです。
いただくお仕事に、手しごとがおいつかず、精一杯な毎日でした)
暮れに、すごく心が痛みました。
それまでもずっと、心に魚の小骨がささったように、たえずちくちく小さな痛みを感じていたことが
暮れに大きな痛みになりました。
忙しさにかまけて、頭にも心にも常にいてくれる義母を、大事にできませんでした。
逃げてもいたと思います。
クモ膜下出血で倒れて、大きな後遺症が残った母の元に
当初はずっと、毎日、顔を見にいきました。
それが間遠になりました。
主人の実家に一人になった義父のことも、義母と同じで
いつも頭と心にいてくれるのに、大事にできませんでした。
私なりにぎりぎり精一杯がんばった生活だったけれど
もっとがんばれたはずだと
暮れには大きな後悔と哀しみでした。
だから、今年は(自分のためにも…と言えます。小骨の痛みや大きな後悔はもういやだから)、
義母と義父を大事にしようと決めました。


私の「三輪」を大事に、
みんなに助けてもらいながら
にじのゆめを紡いでゆける今年を
予感しています。

さて
模様替えを始めたけれど
今日はこの大変な様相のまま終了です!
ぼちぼちと続きをします(*^^*)


少しずつ、本を借りて帰って下さるお客様が増えてきました。
だから、もう少し工夫をして、
本や絵本や雑誌と、くつろいで、出会ってもらい、ふれあってもらえる空間にと思います。
そして、仲間たちの温かなハンドメイドは、
お客様のときめきや幸せになってくれています。
手づくりのぬくもりとふれあってもらえる空間にもしたいと想っています。
そして、今年はもう少し勇気を出して、
「書くこと」をもう少し前に出させてもらおうとも想っています。
お客様目線で眺めたり
私の想いがこもるよう眺めたり
棚を動かしています!


長い手帖になりました。
気持ちを書きとめておきたかったものですから。
長い手帖を読んでいただいてありがとうございます。

ほんとにみんなに支えてもらってのにじのゆめです。
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-11 23:21 | 日々

雪だるま

e0023849_16512549.jpg

雪♪となれば
外に飛び出したくなるのがちびさんですネ。

なんていいお顔!
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-10 16:51 | 日々

SIAWASE

e0023849_12262018.jpg

雪の中
佐川急便さんが届けて下さった木のスプーンたち。
佐川急便さんに感謝です(*^^*)

作りたい心が、心にいっぱいたまっていたらしいです。
木のスプーンで作りたいものも
心でぬくもっていました。

すぐに作ってみましたよ。

にじのゆめのおなじみ顔、にこにこ顔のしあわせスプーンです。
裏には「しあわせ」とローマ字で小さく書き込みました。
しあわせの種をふうわり撒かせて下さい♪
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-10 12:26 | 日々

陽がさしこむ部屋で

e0023849_1126503.jpg

こんにちは!

今日は朝から陽がさしています。

陽がさし、ぬくもった草木や道から、白い蒸気がたちのぼり、
淡く煙る朝の景色は、なんとも美しかったです。

さて
陽がさしこむ部屋で
書き物をしています。
冬休みは、私にとって、紙や頭や心に、
たくさんの原稿を書きとめられる時間になりました。
それを、「野の花だより」にしているところです。
ゆるやかな時間や家族との密な時間や
自分の心をみつめたりお話したりする時間…とっても大事。
いろんな物事を味わいながら見つめ、
慈しんで感じられるから。
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-08 11:26 | 日々

じんとした年賀状

今日は、主人の実家にみんな集まる予定でおりましたが
日向が具合が悪くて、新年早々救急外来にお世話になり
日向と私はお留守番となりました。

十数人分のカレーライスや煮物など
(お正月にカレーライスというのも可笑しいですネ!)
こしらえて、主人にお願いして託したので
きっと実家ではみんなでにぎやかだろうと思います。

日向が眠っている間に
私はささやかに書き初めをしました。
思いつく言葉を次々に書いてゆくのは
とても心が喜びました^^
あぁほんとに書くのが好きなんだなぁって
我ながらかみしめた書き初めでした♪



元旦の日に、とても嬉しいことがありました。
年賀状です。
私自身は、年が明けてから、いそいそと取りかかるというのろまさんで
それは棚に上げて!なのですが^^
年賀状って本当に嬉しいです。
今は、社交辞令的な年賀状はなくて
みんなみんなずっとおつきあいさせてもらいたい
大切な方ばかりとの年賀状・・になっています。
みんな日常生活に一所懸命ですし
遠く離れた土地に住んでいたり・・で
顔を合わせたり、ゆっくり会ったりは
ままなりません。
だから、こうして年賀状で、互いの心や近況を届けあえることが
とても嬉しいです。


今年は、本当に嬉しいことに、
私の主治医の先生からの年賀状が
思いがけず、友達たちの年賀状の中に
そっとまぎれこんでいました。
とても驚き、胸が幸せでいっぱいになりました。
二十年近く、お世話になることになるなんて思わなかったけれど
気がついてみれば、それぐらいの歳月が経っていて・・・。
初めていただいた年賀状でした。

私は、歳月がつみかさなるごとに
その先生への想いが深く大きくなっています。
それは感謝と、そしておわびと・・です。


具合を悪くして、最初は町の開業医さんに行きました。
そして、勧められて、今度は大きな病院に行きました。
しばらく通って様子を見た後、手術を勧められました。
けれども、心にもやっとしたものがあって、
もうひとつ、別の病院で診てもらって、それから決めようって想いました。

最初にかかった大きな病院の先生と
信頼関係が築けなかったからだと思います。

市内に大きな病院は他にもあるから
今になると、どうしてだかわからないけれど、
市内ではない、少し離れた町の病院に
私は行っていました。
そして、そこで、先生と出会いました。
大きな体で、大きな声で、目がいつも微笑んでいるような
そんな先生と出会って、こちらに来たいきさつを話しました。
先生は、「手術は最終手段。もう少し様子を見てみよう。
泣いてるんか?
ぼくは、毎週・曜日に外来に出ているから
いつでもおいで。
今日はたまたま、今日外来の先生に緊急手術が入って、
代わりにおったんじゃけど、
ぼくの外来は・曜日なんじゃ。」
そう笑顔でおっしゃって下さいました。

初めて会って、お話したのはこの一度なのに、
なぜだか、この先生のことを信じよう・・って
とても思ったことを、今も覚えています。

そんな出会いの後、
それはそれは思いもよらないいろいろなことがありました。
私はすごく苦しみました。
体の痛みと心の痛みとどっちもで
すごく苦しみました。
先生も苦しかったと思います。

いろんなことを感謝とともに思い出します。

ずっと大部屋にいたけれど
治療の関係で、個室に移ったとたん、
一人になると、しらずしらずのうちに
涙があとからあとからこぼれました。
たまたま、部屋に入ってこられた看護婦さんが
泣いてる私をみて部屋を出てゆかれました。
そして、すぐに、先生が駆けてこられました。
「泣いてるんだって!どうしたんじゃ?」
先生も泣きそうな顔をされていました。
これから、また新しい治療が始まるところだったので、
「私、治るんでしょうか?これからどうなるんでしょうか?」って
先生に問いかけました。
先生は「治るために一緒にがんばっとるんじゃろ?そうじゃろ?一緒にがんばろうな」と
涙を流されました。
その先生との会話で、「がんばろう」って
心で確かにそう想いました。
どんなにつらい時にも、寄り添ってくれる人がいるって
なんて、生きてゆく、がんばってゆく、杖になることでしょう・・・・。

先生はいろいろな治療を試みて下さいました。
看護婦さんや薬剤師さんの何気ないお話から
「夜遅くまで、文献にあたって、調べて、これは!と思う薬があったから
とり寄せられたんだ。効くといいね」
「なにかいい治療がないか、もしかしたら・・と思う治療を
すべてされているよ」
そんな先生の様子を知りました。
私の病気は、百万人に幾人かの病気で
まだ治療法の確立されていないものでした。
だから、先生はいろんな文献にあたって
探っておられたのですね。

でも
痛みが長く続くと、体がくたくたになって、心も弱くなってきます。
それは
先生もだったと思います。
だんだん私の病室にはいらっしゃらなくなりました。
先生の心の重たさや苦しみはいかばかりだったか・・と
今にして、とっても思います。

季節がいくつもかわった頃、
先生が不意に病室に来られ、
「痛みをとってやれんでごめんな・・ごめんな・・」と
涙を浮かべられました。
私は何を言ったか覚えていないけれど
その頃は、体は痛いけれど
心はなにかを越えようとしていたと思います。
体の痛みはかわらなくても、
もう心は針の穴ほどの光だけれども、光を見つけつつありました。

これもずっと後になって
先生から聞きました。
もしかしたらこの病気か?と、そう思ったけれど、
そうではなくってほしい・・と
消去法でしていったのだが・・この病気だったんだと話されました。
その「消去法」で、あらゆる治療を試みてくださる間、
そして、私が痛くて体がくたくたになって、心も弱くなっているのを
ご覧になるたびに、
どんなに先生の心はつらかったろう・・と思い、
心から詫びています。

同時に、
こういう事態になる私だったのなら、
もし最初に行った大きな病院で、
信頼関係が築けない先生との間にこの事態が起こっていたら、
私はどうなっていたかな・・と
考えると、ちょっと怖くなります。
こんな心から信頼を寄せる先生との間に、
この苦しみを越える出来事が起こっていたから、
私は心が壊れずにすみました。
だから、どんなに感謝しても感謝してもたりません。
もしあの時、違う町の病院に行っていなかったら・・
もしあの時、緊急手術の先生の代理として、外来にいらっしゃらなかったら・・
そう思うと、この偶然に、感謝せずにおれません。
そして同時に裏返せば、先生へのすまなさにもなる私です。

こんなふうに、私は先生に、
すまなさと感謝を、ずっと心で感じていました。

二十年近い歳月を経て、
先生から初めて年賀状をいただいて
じかに先生のお顔を見て、先生の声を聞いて、お話をしたわけではなけれど、
少なくとも、先生が葉書を私に宛てて書いて下さった・・そのことで
すまなさが、ほんのほんのちょびっとだけ、救われた気持ちがしています。




歳月とともに思います。
生きてゆくって
心からおわびしながら
同時に
同じぐらい、いえ、それ以上に、ありがとうって心から感謝しながら
人と向き合って
誠実に歩いてゆくことだなぁ・・って
すごく思います。

そんな思いも、
ぼんやり者の私は、これぐらい痛くて苦しくてつらい出来事に出会わなかったら
今でもわからないでいたと思うから
まるごと本当によかった^^って思います。

痛みや苦しみやつらさとひきかえにしても余りあるぐらい
大事な出会いや、大事な気持ちに出会えたから、
やっぱり大成功♪万歳♪なのだと思います。



今日もまた長い長い手帖になりました。
いろんなことを想う年越し&年始めです。
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-02 20:33

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
みんなが幸せで
笑顔の花がたくさん咲く
一年になりますように…(*^^*)

どうか
本年もよろしくお願いいたします。


昨夜、みんな、日付がかわるまでにぎやかに起きていて
「あけましておめでとうございます(^-^)」と
口々ににこにこ挨拶をして
安心して眠った子ども達。


私も日付がかわるまで起きていたというのに
なんと、夜中の三時過ぎに目が覚めて
そのままお布団の中で本を読みました。
家族みんなでくっつく幸せも大切で大好き。
同時に、一人静かに物思いにふけったり、本を読んだり、の時間も、とても大切で大事に想っているから
自然自然に目が覚めたのかな!?


王由由さんの「ずっと大切だったこと」と
山元加津子さんの「たんぽぽの仲間たち」。
この本が読み初め!になりました。

由由さんのこの本を久しぶりにゆっくりじっくり読み返すと、涙が出てきました。
とても心に沁みました。
初めて出会った十年以上前には見えなかったものも感じられる今の自分にも気付きました。
そして同時に
ページをめくると、ところどころ、淡い空色のペンでラインと小さなハートが書き込んであって
あ、かつての私、ここのところが心に響いたんだね(*^^*)今、読み返しても、変わらず好き、変わらず沁みるわ
って、変わらない自分にも気付きました。



ふと気付いて愉快になりました。
それは、くしくも、読み初めのお二人は、にじのゆめのご挨拶にも登場して下さるほど
十代、二十代の頃から大好きな方。


そして、なんでも気がつくのが遅い私は
今日になって、気がついて感激したのですが
高校生頃に、新聞で連載されていたエッセイが大好きでした。
ぼんやり山元加津子さんという方が書かれていたことを
忘れん坊の私なのにどこかで記憶していて…
何年も時を経て(以前はインターネットなんてなくって、再会するすべを知りませんでした!)加津子さんと再会し、
加津子さんのたんぽぽの綿毛をふうっ♪と届ける風さんになりたいと願うようになり
今に至るのですが…(前置きが長くなりました!)
もしかしたら、あの高校生の頃に、新聞を切り抜いて読んでいた、まさに「出会い」「原点」を
今、読んでいるんじゃないかしら!
だって、たしか、「たんぽぽの仲間たち」とかって題の連載だったもの!
と、ふと気付いて、感激した元旦です。



歳月も想いも人との出会いふれあいも
その時には見えないかもしれないけれど
大事に大事につながっているんですね。
きらきら輝く糸で。
そしてその糸は、他の方にもつながって、広がってゆくんですね。



なんて幸せでしょう。


思いがけぬ夜中に得た読み初めに
たくさん幸せを感じて
ずっと「大好き」「大切」を温めて、
また今年も歩いてゆこうって想いました。



長い長い手帖になりました!
[PR]
by nonohananonohana | 2009-01-01 23:46 | 日々