じんとした年賀状

今日は、主人の実家にみんな集まる予定でおりましたが
日向が具合が悪くて、新年早々救急外来にお世話になり
日向と私はお留守番となりました。

十数人分のカレーライスや煮物など
(お正月にカレーライスというのも可笑しいですネ!)
こしらえて、主人にお願いして託したので
きっと実家ではみんなでにぎやかだろうと思います。

日向が眠っている間に
私はささやかに書き初めをしました。
思いつく言葉を次々に書いてゆくのは
とても心が喜びました^^
あぁほんとに書くのが好きなんだなぁって
我ながらかみしめた書き初めでした♪



元旦の日に、とても嬉しいことがありました。
年賀状です。
私自身は、年が明けてから、いそいそと取りかかるというのろまさんで
それは棚に上げて!なのですが^^
年賀状って本当に嬉しいです。
今は、社交辞令的な年賀状はなくて
みんなみんなずっとおつきあいさせてもらいたい
大切な方ばかりとの年賀状・・になっています。
みんな日常生活に一所懸命ですし
遠く離れた土地に住んでいたり・・で
顔を合わせたり、ゆっくり会ったりは
ままなりません。
だから、こうして年賀状で、互いの心や近況を届けあえることが
とても嬉しいです。


今年は、本当に嬉しいことに、
私の主治医の先生からの年賀状が
思いがけず、友達たちの年賀状の中に
そっとまぎれこんでいました。
とても驚き、胸が幸せでいっぱいになりました。
二十年近く、お世話になることになるなんて思わなかったけれど
気がついてみれば、それぐらいの歳月が経っていて・・・。
初めていただいた年賀状でした。

私は、歳月がつみかさなるごとに
その先生への想いが深く大きくなっています。
それは感謝と、そしておわびと・・です。


具合を悪くして、最初は町の開業医さんに行きました。
そして、勧められて、今度は大きな病院に行きました。
しばらく通って様子を見た後、手術を勧められました。
けれども、心にもやっとしたものがあって、
もうひとつ、別の病院で診てもらって、それから決めようって想いました。

最初にかかった大きな病院の先生と
信頼関係が築けなかったからだと思います。

市内に大きな病院は他にもあるから
今になると、どうしてだかわからないけれど、
市内ではない、少し離れた町の病院に
私は行っていました。
そして、そこで、先生と出会いました。
大きな体で、大きな声で、目がいつも微笑んでいるような
そんな先生と出会って、こちらに来たいきさつを話しました。
先生は、「手術は最終手段。もう少し様子を見てみよう。
泣いてるんか?
ぼくは、毎週・曜日に外来に出ているから
いつでもおいで。
今日はたまたま、今日外来の先生に緊急手術が入って、
代わりにおったんじゃけど、
ぼくの外来は・曜日なんじゃ。」
そう笑顔でおっしゃって下さいました。

初めて会って、お話したのはこの一度なのに、
なぜだか、この先生のことを信じよう・・って
とても思ったことを、今も覚えています。

そんな出会いの後、
それはそれは思いもよらないいろいろなことがありました。
私はすごく苦しみました。
体の痛みと心の痛みとどっちもで
すごく苦しみました。
先生も苦しかったと思います。

いろんなことを感謝とともに思い出します。

ずっと大部屋にいたけれど
治療の関係で、個室に移ったとたん、
一人になると、しらずしらずのうちに
涙があとからあとからこぼれました。
たまたま、部屋に入ってこられた看護婦さんが
泣いてる私をみて部屋を出てゆかれました。
そして、すぐに、先生が駆けてこられました。
「泣いてるんだって!どうしたんじゃ?」
先生も泣きそうな顔をされていました。
これから、また新しい治療が始まるところだったので、
「私、治るんでしょうか?これからどうなるんでしょうか?」って
先生に問いかけました。
先生は「治るために一緒にがんばっとるんじゃろ?そうじゃろ?一緒にがんばろうな」と
涙を流されました。
その先生との会話で、「がんばろう」って
心で確かにそう想いました。
どんなにつらい時にも、寄り添ってくれる人がいるって
なんて、生きてゆく、がんばってゆく、杖になることでしょう・・・・。

先生はいろいろな治療を試みて下さいました。
看護婦さんや薬剤師さんの何気ないお話から
「夜遅くまで、文献にあたって、調べて、これは!と思う薬があったから
とり寄せられたんだ。効くといいね」
「なにかいい治療がないか、もしかしたら・・と思う治療を
すべてされているよ」
そんな先生の様子を知りました。
私の病気は、百万人に幾人かの病気で
まだ治療法の確立されていないものでした。
だから、先生はいろんな文献にあたって
探っておられたのですね。

でも
痛みが長く続くと、体がくたくたになって、心も弱くなってきます。
それは
先生もだったと思います。
だんだん私の病室にはいらっしゃらなくなりました。
先生の心の重たさや苦しみはいかばかりだったか・・と
今にして、とっても思います。

季節がいくつもかわった頃、
先生が不意に病室に来られ、
「痛みをとってやれんでごめんな・・ごめんな・・」と
涙を浮かべられました。
私は何を言ったか覚えていないけれど
その頃は、体は痛いけれど
心はなにかを越えようとしていたと思います。
体の痛みはかわらなくても、
もう心は針の穴ほどの光だけれども、光を見つけつつありました。

これもずっと後になって
先生から聞きました。
もしかしたらこの病気か?と、そう思ったけれど、
そうではなくってほしい・・と
消去法でしていったのだが・・この病気だったんだと話されました。
その「消去法」で、あらゆる治療を試みてくださる間、
そして、私が痛くて体がくたくたになって、心も弱くなっているのを
ご覧になるたびに、
どんなに先生の心はつらかったろう・・と思い、
心から詫びています。

同時に、
こういう事態になる私だったのなら、
もし最初に行った大きな病院で、
信頼関係が築けない先生との間にこの事態が起こっていたら、
私はどうなっていたかな・・と
考えると、ちょっと怖くなります。
こんな心から信頼を寄せる先生との間に、
この苦しみを越える出来事が起こっていたから、
私は心が壊れずにすみました。
だから、どんなに感謝しても感謝してもたりません。
もしあの時、違う町の病院に行っていなかったら・・
もしあの時、緊急手術の先生の代理として、外来にいらっしゃらなかったら・・
そう思うと、この偶然に、感謝せずにおれません。
そして同時に裏返せば、先生へのすまなさにもなる私です。

こんなふうに、私は先生に、
すまなさと感謝を、ずっと心で感じていました。

二十年近い歳月を経て、
先生から初めて年賀状をいただいて
じかに先生のお顔を見て、先生の声を聞いて、お話をしたわけではなけれど、
少なくとも、先生が葉書を私に宛てて書いて下さった・・そのことで
すまなさが、ほんのほんのちょびっとだけ、救われた気持ちがしています。




歳月とともに思います。
生きてゆくって
心からおわびしながら
同時に
同じぐらい、いえ、それ以上に、ありがとうって心から感謝しながら
人と向き合って
誠実に歩いてゆくことだなぁ・・って
すごく思います。

そんな思いも、
ぼんやり者の私は、これぐらい痛くて苦しくてつらい出来事に出会わなかったら
今でもわからないでいたと思うから
まるごと本当によかった^^って思います。

痛みや苦しみやつらさとひきかえにしても余りあるぐらい
大事な出会いや、大事な気持ちに出会えたから、
やっぱり大成功♪万歳♪なのだと思います。



今日もまた長い長い手帖になりました。
いろんなことを想う年越し&年始めです。
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by nonohananonohana | 2009-01-02 20:33
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