一緒に

とても大切なことを
心が受け取ったとき
心がふるえて涙が出ます。

ここずっと、私は、自分と向き合う時期を過ごしているようで
だから、いっそう、ふとした光景や、ふと見つける言葉や、
何気にかけていただく言葉の中に
とても大切なことがかくれんぼしていて
受け取ったとき、すごく嬉しく受け止めています。



今日は保育園のお弁当の日です。
幸希は「今日は歩いてゆく♪」と
両手で大事に大事にお弁当を持って
保育園まで歩いてゆきました。
いつもは車でひゅんと通る道。
けれどたまたま今日は歩く速さでゆっくり通っていたから
出逢えたのですね・・ある親子さんに。

そこはいつもは静かなマンションですが
通りまで「よ~いドン!」と大きな声と、走る足音が、
マンションの上の階のほうから聞こえてくるのです。
思わず見上げました。きっと小さいお子さんとお母さんかなって想いながら。

ぐるりと道を歩くと
そのマンションの玄関にさしかかりました。

管理人さんがほうきで辺りを掃いておられた手を止めて
「・・ちゃん、おはよう!」と、にこやかに
とても優しいお顔で声をかけられました。
あんまり優しいまなざしだったので
管理人さんの目の先を見ると
うちの幸希と同じぐらいの
小さい男の子が二人、元気に走り回ってました。
そして、息を切らして、若いお母さん。
あぁ、さっき上の階から聞こえていた
親子さんなんだなってわかりました。
そして、若いお母さんが向かった先には、
バギーに乗った、体がご不自由な男の子。
お母さんはバギーに手を置くと、
「・・ちゃん、・・ちゃん、行くよ!
よ~い、ドン!」と、
元気があふれる小さい男の子たちに
大きな声をかけました。

なんだか一瞬で様子が察しられて、
それから、「よ~い、ドン!」を繰り返すお母さんの声に
なんだか涙が出ました。

私も小さい子たち三人連れて
髪を振り乱すように
日々を必死で過ごしている中で
幾度も「よ~いドン!」と言いました。
それは子ども達が、掛け声にのって急いでくれるようにかけた言葉でもあったし、
必死な自分への「よ~いドン!」でもありました。
だから、このお母さんの必死さが伝わってきて
なんだか涙が出ました。

私はやっぱりいつも、
小さい子どもや、体が不自由な人に、
どうしても心がひっぱられてゆきます。

私も必死な一人として・・
私も体が不自由な一人として・・
子どもや体が不自由な人や病気な人や・・の
心のそばにいたいって
ものすごく思います。
なにかをしてあげる・・っていう
上から目線ではなくて
私も必死だから・・
私も不自由だから・・
だから心がこんなにひきつけられるのだから・・
隣で一緒に幸せを感じたいです。

その気持ちを表してゆけるよう
歩いてゆこうと
今朝も想いました。
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by nonohananonohana | 2008-12-19 09:40
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